The Scream 叫び

1895年

象徴主義
The Scream
寸法
イメージ:35.7 × 23.6 cm / シート:51.4 × 39.7 cm
技法・素材
多色リトグラフ、紙/織紙
所蔵
メトロポリタン美術館、MoMA、ミュンハ美術館、大英博物館等
エドヴァルド・ムンク

ノルウェー

エドヴァルド・ムンクEdvard Munch

1863 – 1944

19世紀末から20世紀前半にかけて活躍した、ノルウェーを代表する画家。

✦ 見どころ(技法・色彩)

本作は黒と白のインクを用いたリトグラフ(石版画)です。油彩画の強烈な色彩をあえて排除し、黒と白の強烈な明暗の衝突によって実存的な恐怖を再構築しています。また、印刷時に構図が反転するのを防ぐため、石版に直接左右逆転の「鏡面描写」を施すという緻密な職人技が用いられています。画面下部にはドイツ語で「叫び」というタイトルと自作の詩が刻まれています。

✦ この絵の舞台

オスロ郊外のエーケベルグの丘の小道。眼下にはオスロ・フィヨルドが広がっています。ここは当時、自殺の名所として知られていました。さらに崖の下には、ムンクの妹ラウラが収容されていたガウスタド精神病院と、市営の巨大な屠殺場が隣接していました。精神病患者の絶叫と家畜の悲鳴が交錯して吹き上げてくる、特異で悲劇的なトポグラフィー(地形)を持つ場所でした。

✦ 時代背景

1890年代半ばのヨーロッパは、急速な都市化と技術革新が進む一方で、人々の間には目に見えない精神的荒廃と不安が蔓延していました。伝統的な社会規範から解き放たれながらも、激しい孤立と疎外感に喘ぐ近代都市の群衆心理が背景にあります。また、版画復興運動の全盛期でもあり、ムンクはパリやベルリンで高度な印刷技術に触れ、版画を単なる複製手段から独立した表現メディアへと昇華させました。

✦ 鑑賞のための問い

あなたがこの橋の上に立っていたら、どんな音が聴こえてくると思いますか?

橋の上で、骸骨のような顔をした人物が両手で耳を塞いでいます。

大きく開かれた口。

背景にはうねるような風景と、遠ざかる二人の人物の姿が見えます。

世界で最も有名なこの図像。

描かれた人物が恐怖に駆られて「叫んでいる」場面だと思われがちです。

また、激しい感情の赴くまま、衝動的に描かれた作品だと語られることも少なくありません。

でも実は、違います。

この人物は叫んでいるのではなく、聴こえてくる「叫び」から耳を塞いでいるのです。

そしてこの版画は、衝動的どころか、極めて緻密な計算のもとに作られています。

舞台となるオスロ郊外のエーケベルグの丘の小道は、当時、自ら命を絶つ者が後を絶たない場所として知られていました。

さらに崖の下には、ムンクの妹ラウラが収容されていたガウスタド精神病院がありました。

ムンク自身も、家族に流れる遺伝的な病の恐怖に常に怯えていました。

病院のすぐ隣には、市営の巨大な屠殺場。

精神病患者たちの絶叫。

そして、屠殺される家畜の断末魔の悲鳴。

それらが交錯し、丘の上へと吹き上げてくる特異な環境だったのです。

1891年末から1892年頃のこと。

ムンクが二人の友人とこの道を歩いていた時、沈む夕日が突如として雲を血のように赤く染め上げました。

友人たちは何事もなかったかのように、直線の道をそのまま歩み去っていきます。

取り残されたムンク。

彼は死ぬほどの疲労感と不安に襲われ、手すりに寄りかかりました。

その時、彼は「自然をつらぬく、果てしない、巨大な叫び」を肉体的に聴覚体験したのです。

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